はじまり
地球上で新型コロナウイルスが猛威を振るうなか、私は今日もこうして考えにふけっています。この停滞した状況でも、なんとかよりよい世界を想像したいと切実に願っているのです。この世界をより良いものにするためにはどうするべきか、どう動くべきなのか、私たち一人ひとりが思いを巡らせているときでもあります。私が今できるのは、自分のこれまでの人生を、私の愛憎が渦巻くこの都市を、そして故郷と呼べるこの国、常に謎とともにインスピレーションを与えてくれるこの文化を省みながら記録することだと思いました。これは、ある文化圏で生まれ育った人だけが持ち得る思索などではなく、いろいろな意味で境界線上にいる立場からの発言です。私はインサイダーでもアウトサイダーでもありません。むしろその両方であり、自らのあいまいな存在を永遠に歩むことを運命づけられている気がします。
東京は、一見不規則に絡みあったゴルディアスの結び目のようです。これまではこの複雑性を、無理やり簡単な方法で触知可能な分節として理解しようとしてきました。しかし「トウキョウイズム」は、都市の複雑性を受け入れることから始まります。アレクサンドロス大王の離れ業は、あえて繰り返さないのです。トウキョウイズムはまた、完成された知識体系であろうともしません。この都市は常に実験、混成、そして標準化を繰り返す、絶え間ない循環状態にあります。これから展開するシリーズは、ヘテロトピックなこの都市そのものの側面を捉えようとするドキュメントでありつつも、常に更新されていく運命にあると予想しています。
トウキョウイズムは、江戸学、江戸-東京学、及び、不在の図像学といったジャンルに代表される膨大な研究に対抗するものではなく、それら刺激的な前例から多くを学んでいます。その違いは、歴史が今なお生きたものであり、私たちの日常生活によって常に加筆編纂されていくものだと考えている部分にあります。現代において、職種や専門分野などを分離して考えることが非生産的であるように、過去、現在、未来を異なる時間軸と規定するのも生産的な考え方ではありません。時間や空間、そして理想と現実を重ね合わせたとしても、そこから見えてくるのは、東京をフーコー的な意味でのヘテロトピアとしか捉えられないという仮説です。歴史という存在そのものが、時間軸上で設定された恣意的なある点との関係性でしかないのではないか、という問いを投げかけます。こうして私が書いている間にも、言葉はすでに過去のものとなり、皆さんが読む今の瞬間だけは現在の主体ですが、その後また歴史の彼方へと葬り去られるのです。
トウキョウイズムが主張するのは、建築を含む全てのものは、大きな連続体の一部であるということです。どのような建築物であっても、常に紡ぎ続けられる人類の叙事詩から切り離された、特異なエピソードとして存在しているわけではありません。しかし、現在の建築様式の飽和状態は、無節操なレファレンスの濫用が招いた結果だと思います。前例を見ないほど自由な選択可能性が生まれた結果、形態(フォーム)における制御不能なカンブリア爆発を引き起こしているのです。こうして時代は空虚な新ネオエクレクティシズムに突入し、自己満足のためのデジタル的な陶酔感の増殖につながっています。こうしたイデオロギーを欠いた様式がのさばり、表層的に魅惑的なさまざまな形態をとりながらも、脈絡なさの先にみえる行き詰りを露呈しつつある現状、建築の生産的批判性の障壁になっています。
トウキョウイズムは、歴史的な知性を発掘しようとするものでもなければ、美的方法論を狭義的に主張するものでもありません。多種多様な生物、モノ、ネットワーク、そしてファクトが豊かに混在する生態系として、全体を眺めています。その上でトウキョウイズムの主目的は、それが不完全で無鉄砲なものであったとしても、デザインにおける新しい理論を導き出すことです。この現代都市の摩訶不思議な現象を発見し、普遍的な思想や方法へと昇華させていきたいと考えています。まずは東京から、そして世界へ。
トウキョウイズムは、この不完全な都市から始まる不完全なマニフェストへの探求として、毎号、一つのテーマを取り上げます。分析や議論を通して、日和見主義的にではありますが、理論化していきます。探求したい現象のリストは山ほどありますが、これを皆さんと一緒に共有する体験としていきたいと思っています。そこで、もし参加をご希望いただけるようであれば、以下の三つの中から一つのトピックをお選びください。次の号でその題材を掘り下げたいと思います。そして、ぜひ返信ボタンから、あなたの考えをお寄せいただけましたら幸いです。
Topic01:賞味期限30年の建築
Topic02:二回目の幻のオリンピック
Topic03:新しいモノへの果てしなき欲求
お読みいただき、どうもありがとうございました。
今後とも末永いお付き合いと、実り多い議論ができる2021年になりますことを、楽しみにしております!
執筆(英文):カズ・ヨネダ
編集:角尾 舞