不気味なほど現実に迫ってくる純粋な真意や表現、すなわち「深層風景(Receded Scapes)」は、目に見えないけれど極めてリアルな地形です。深層は直接的な物理性を持たないため、最も単純なレベルでは、私たちから、あるいは私たちの知覚可能な範囲から遠ざかるだけです。深層風景をはっきりと示すためには、いくつかのフィルターが必要です。一番アクセスしやすいのは、私たちが見ようと選ぶ風景であり、リアルタイムに展開する現象を理解するための主観的なフィルターです。これを、浅いけれど理解しやすい、「深層の前景」と呼ぶことにしましょう。さらに、様々な分析を経るなどして理解を深めれば、最終的に読みやすいものにまとめることができ、現象についてのある側面や事実に触れることができるかもしれません。これをもう少し深く、ある程度わかりやすい、「深層の中景」と呼ぶことにします。そして、より複雑で、かなり厄介なレベルでは、深層風景は能動的に自らを隠し続け、目の前の社会やシステムの中に深く深く入り込もうとします。通常、この段階にはすぐにアクセスできないため、おおよその軌跡を推論するために様々な分析や、その妥当性を確認するための試行錯誤を必要とします。このような、より深く、限りなく理解しにくい背景を、「深層の後景」と呼んでみましょう。
このエッセイでは、日本庭園のデザインに関連する用語を意図的に使用し、「深層風景」を、観察者が認識する物象、観察者に対して選択した断片を顕そうとする物象、そして、物象と観察者の関係の外に存在しながらも庭園のような有限のコスモスに影響を及ぼす生態系、と並列させています。これらの深層風景は、建築や都市のデザインに大きな影響を与えます。なぜならこうしたものは、偏見や文化的価値観、そしてもちろん、(一般的には時間的・金銭的パラメータに関連する)意思決定プロセスの基準によって形成されているからです。
例えば、東京の地価を例にとると、純粋な真意や表現が現実に重くのしかかる、無数の深層のひとつであることがわかります。その土地の価値が、道路または鉄道や地下鉄の駅、あるいは限定的にバス停といった交通要所と密接に結びついていることは、多くの日本人にとって常識でしょう。この土地の価値が「深層の前景」です。この常識には、その地域の犯罪率、建物の築年数、望ましい共同施設や環境の快適さなど、他の重要な要素は含まれていません。「駅近」は、賃貸・売買物件にとって最も重要なセールスポイントの一つです。実際、駅までの所要徒歩時間が10分以上になると、月々の家賃相場は劇的に下がります。ところが阪急電鉄は宝塚線敷設の際、目的地までレールを敷き、その沿線の駅を開発し、土地投機を行うという高収益のプロトタイプを発明しました。彼らは事実上、人工的に作り出した目的地やノードが、実際の鉄道の乗車率と同じかそれ以上に利益を生むモデルを作り上げたのです。こうして「駅に近い」という「深層の前景」が意識に埋め込まれることになり、今日まで私たちの行動を支配する正常性バイアスができあがりました。交通事業者はどこにでも駅を作ることができ、自動的にその周りに人工的なバブルを作り出すことができるという状況が生まれ、もはや駅を作るためにその地域が望ましい場所だったのか、駅を作ることで特定の地域がより望ましい場所になったのかは、鶏卵の議論のようにはっきりしません。この神話は虚偽矛盾を孕んでおり、統計的に証明できる家賃の下落は、築年数のみだとする不動産業者もいるほどです[1]。
この例における「深層の中景」は、より複雑な地価の評価システムです。これは、日本全国に1枚の土地利用図しかないのと同じくらい乱暴な行為です。基本的に日本のすべての不動産は、4つの「公的」な年間指標に基づいて評価することができます。第一は、国土交通省が作成する「公示地価」、第二は、各都道府県が調査し、同じく国土交通省がまとめて発表する「基準地価」、そして国税庁が発表する「路線価」があり、これはさらに国税庁による相続税の計算と、自治体による固定資産税の計算の2つの用途に分けられます。あまり知られていませんが、この4つの指標はすべて、現在官民で活躍している約5,000人の不動産鑑定士による同じネットワークでの評価に基づいています。これらの指標の基本原理は、やはり幹線道路や交通の要所への近接性です。土地はタブラ・ラサのような建造物のない土地であると仮定されるため、どんなに質の高いデザインや偉大な建築家の作品があっても、建物は地価を決定する一部になることはありません。なんと過度に単純化された仕組みでしょうか。さらに鑑定評価は、前例に影響されたり、修正されないヒューマンエラーが蓄積されたりするため、完全に科学的とは言えません[2]。さらに複雑なのは、「実勢地価」という指標の存在です。これは関係者が合意した数字で土地を取引することができ、政府当局が定めた「公示地価」とは大幅に異なることがあります。このような気の遠くなる指標を経て、通常、販売開始価格は、過去のすべての取引と現在の鑑定評価の平均値あるいは数学的な中央値に設定されます。個人的には、感情論、取り返しのつかない予期せぬエラー、そしてファクトの間でバランスを取ろうとするのではなく、AIが一つの決定的な地価指標を編纂してくれれば完璧だと思うのですが。いずれにせよ、非科学的であろうと客観的であろうと、これらの地価指標を統合して、『東洋経済』が作成した画像のような魅力的な色分け地形図がようやくできあがるのです。これは、地価の「深層の中景」と言えるでしょう。
また重要な点として、日本の地価は基本的に取引のたびに上昇します。この確実性が逆転するのは、災害や、刑務所など望まれない社会基盤の創設、国の金融システムの崩壊など、何らかの不可抗力による場合のみです。当然ながら都市部では取引が頻繁に行われるため、都市部と地方部の地価の差はますます深刻になっています。
日本の土地評価について体系的に説明しましたが、この指標を検証するために銀座を取り上げてみましょう。確かに交通の便は良いものの、新宿や上野、迷路のような渋谷など、交通網へのアクセスが良い場所は東京に数多くあります。地理的にも、銀座は海抜4.4メートルで、高潮に侵されやすい新木場エリアの海抜5メートルよりやや低く、昨今人気の清澄白河エリアの海抜1メートルより上です。つまり、銀座は湾岸に近く、標高が低いので、水害に弱く、先月号で取り上げた「東京7つの台地」の方が、はるかに強固な岩盤と高さを有しているのです。最後に、銀座の物件はほとんど売買市場に出てきません。銀座の土地が何人もの手を経て、一回の取引で少しずつ増えていくという、ある種確立された上昇プロセスは、前代未聞です。さりとて、2021年において先に述べた4つの「公式」年間指標を平均した銀座の地価が1㎡あたり4,684万円になった理由を論理的に推論しても、説明することができないのです。日本で最も高価な土地は、深層の前景と中景を照らし合わせても整合しないということがわかります。こうした銀座というパラドックスの背景には、不死鳥のように灰から再生し続ける歴史と、16世紀以来、何世代にもわたって地元の関係者たちが意識的に築き上げたブランディングがあるのです。それは、「深層の後景」と呼べるものかもしれません。銀座の考察は、地価の深層風景には理性のアンチノミーが埋め込まれていて、それゆえに人の意志と想像力による人為的な構想であることを示唆しています。その基盤にいくらロジカルで尤もらしい仕組みを上塗りしても所詮、恣意的な行為を正当化するための極主観的な道具にしかなりえないということがわかりました。さながら、「目的は手段を正当化する」の権化です。このように東京の「地価」の深層風景を解剖してみると、その価値創造あるいは評価プロセスは、根本的な再構築の時期に来ているかもしれません。
執筆(英文):カズ・ヨネダ
ネイティブチェック:グレッグ・セルヴェータ
編集:出原 日向子
アソシエイト:黒澤 知香
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お付き合いいただきありがとうございました。それでは、次回をお楽しみに!
出典
[1] 住宅新報
[2]『ダイヤモンド・オンライン』「公示地価・路線価決定の「裏力学」、不動産鑑定士の忖度と属人性で決まっていた!?」